上井覚兼(うわいさとかね/かくけん)ってだれ?戦国IXAの追加武将

ども、はじめまして。
そして、こんばんは。
しんまいです。

戦国IXA(イクサ)で
2020年9月1日に
追加武将カードが発表されたのですが、
その中の一人
上井覚兼(うわいさとかね/かくけん)
っていう、戦国武将をごぞんじですか?

ワタクシしんまいは、
まったく存知なかったので
調べてみました。

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上井覚兼(うわいさとかね/かくけん)ってだれ?

戦国IXAでは、
上井覚兼
うわいさとかね
と読んでいますが、
Wikipediaなどほかの書物では、
うわいかくけん
と読んでいますね。

あとで書きますが、
彼は日記を残しているのです。
その名は
上井覚兼日記』。

読みは、
うわいかくけんにっき
または
うわいかけんにっき
なのです。

だから、
うわいかくけんの方が、
一般的なのかもしれませんね。

さて、彼は
1545(天文14)年
大隅国上井領主
上井薫兼の子として誕生。

同じ1545年生まれの武将は
浅井長政
山中鹿之助

北条氏規
増田長盛
大久保長安
山内一豊など
です。

そして、
1559(永禄2)年に
元服し、
島津貴久
(しまづたかひさ1514年生まれ)
に仕えます。

その下で、
1561年の
廻坂の合戦初陣

この廻坂の合戦には、
貴久の四男である
島津家久
(しまづいえひさ1547年生まれ)
初陣でもあります。

貴久亡き後は、
長男の島津義久
(しまづよしひさ1533年生まれ)
の側近となっていきます。

以後も、
副将として戦闘にも
関わっています。

また、
次男の島津義弘
(しまづよしひろ1535年生まれ)から
戦闘でのキズ全般と
それらに付随する病気などの
医術の秘伝を
伝授されました。

1587(天正15)年
島津家は、
豊臣家に降伏します。

そして、
伊集院地頭職に任じられ、
1589(天正17)年
44歳で病没しました。

上井覚兼日記とは?

途中書いていない時期がありますが、
1574(天正2)年から
1586(天正14)年まで
島津氏や九州の諸大名の動向から
「〇日、出仕した。」
「×日、出仕しなかった。」
などの自分の業務について書いています。

当時の様子を知ることが
出来る貴重な史料
となっています。

なんと
上井覚兼日記』は
東京大学史料編纂所が編集、
岩波書店から
全3巻発売されています。

Σ(゚口゚;)//

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戦国IXAにおけ上井覚兼(うわいさとかね/かくけん)の初期ステータス

カードNo.4251
レア度: 上
コスト: 1.5
HP: 100
指揮兵数: 1560
兵法: 430(LvUp加算量 2)
攻撃力: 580(LvUp加算量 17)
防御力: 620(LvUp加算量 19)
槍兵統率: B
弓兵統率: B
騎馬統率: D
兵器統率: C
スキル名: 槍隊堅陣
作家名: 森田悠新

まとめ

上井覚兼(うわいさとかね/かくけん)
薩摩の島津家の家臣。

しかも、
優秀だったので、
病弱を理由に
隠居を申し出ても、
受理されなかった
という逸話が残っています。

また、
日野江藩(ひのえはん。
のちの島原藩)の藩主である
有馬晴信(ありまはるのぶ)から
南蛮犬を貰います。

だから、
犬が描かれているのですね。

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